昔部落内杉沢の地に、大木茂り、これを切らんとしたが、この根元に木像の観音様が置かれていることを発見し、時の肝煎(きもいり)がこれを自家に持ち帰らんとしたところ、その後肝煎家にしばしば変事が起きたことにより神社を建てこれを祭った。また、大木を切り倒した跡は、雨池と称し、低地をなし、現在尚常に、水をたたえている。この雨池は、むかし田村将軍東征の際、将軍に追われた大人(おおひと)の左の足跡といわれ、秋田市豊岩字小山に右足跡があるとの伝説がある。